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福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(ワ)633号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一二五万八〇九二円及びこれに対する昭和四六年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二〇三八万三二七四円及び、これに対する昭和四六年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外井上徳之助(当時二九歳、以下単に訴外徳之助という。)は左記の事故により死亡した(以下、これを本件事故という。)。

(一) 発生年月日時

昭和四六年五月一八日午後八時一〇分ごろ

(二) 発生場所

北九州市門司区恒見新門司二丁目埋立地(以下、本件埋立地という。)突堤先海中

(三) 事故発生の状況

(1) 本件事故発生の当日、訴外栗山昌哲は自動車で恒見埋立地に赴き、そこでぬかるみに車輪を落し込んで、立往生した。そこで、同人は右自動車に装備していたアマチユア無線機を用いて、ハム仲間に救援を求めたところ、これを訴外徳之助が傍受し、右栗山を助けるため徳之助は同日午後七時過ぎに自宅を自己の自動車で出発した。

(2) 訴外徳之助は本件事故当日の午後八時過ぎごろ、埋立地入口の三叉路付近で同じく前記栗山を捜索中の訴外内川某と出会つたが、同人と別れて後消息を断ち、翌一九日午後八時過ぎごろ、前記本件事故現場の海中で車とともに遺体となつて発見された。

(3) 本件事故発生時と推測される午後八時半ごろには、門司一帯ではかなり激しい降雨があり、相当深いもやが発生したことから、視界が悪いうえに、訴外徳之助が転落した岸壁の対岸には石油タンク等の施設があり、夜間は灯りがともり、それが右岸壁と陸続きの観を呈することから、同人は車を低速で運転していたにも拘らず、岸壁の端線を発見することが困難であつたため、本件事故現場海中に転落したものである。

2  被告の帰責事由

(一) 本件事故発生時の本件埋立地の管理者は訴外北九州港管理組合であつたが、その後昭和四九年四月一日、この管理権が同組合から被告に対し移管され、これと同時にその権利義務も承継された。

(二) 本件埋立地における事故現場付近の道路は、本件事故発生当時、全てコンクリート舗装されて完成しており、これらの道路は公道に接続していて、容易に一般車両も進入できることから、魚釣り客や夜間のドライブなどで右埋立地内の道路を車両で通行する者が多々あつた。

ことに、訴外徳之助が進行し、転落したとみられる埋立地道路先の港湾はコの字型であつて、この道路先の海を隔てた対岸に設置されている石油タンク等に施された照明のために、夜間には道路が対岸まで直進しているかのように見え、好天時においても岸壁線直近まで至らなければ海面の存在に気付かない地形にあるから、転落等の事故防止のためには、岸壁に車止め、柵等車両の進行を防止する施設を設けるか、道路の位置関係を示す標識を立てるとか、あるいは岸壁線付近に夜光塗料でもつて岸壁線の存在を示すなどのいずれかの措置をとるべき注意義務が管理者にはあるにも拘らず、訴外北九州港管理組合は右に掲げたいずれの措置をもとることがなかつたために、本件事故は発生したものである。

3  損害

本件事故により、訴外徳之助及び原告が蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 訴外徳之助の損害

(1) 慰藉料 五〇〇万円

(2) 逸失利益 一二四八万三二七四円

(イ) 事故遭遇時年齢 満二九歳

(ロ) 月収 七万六〇〇〇円

(ハ) 生活費控除 三割

(ニ) 就労可能年数 三四年

(ホ) ホフマン係数 一九・五五四

(76,000×0.7)×12×19.554=12,483,274

(二) 原告の損害

(1) 葬儀費用 三〇万円

(2) 弁護士費用 二六〇万円

原告は本件訴訟の追行を原告代理人らに委任し、その報酬として認容額の約一割五分に当る右金額を支払うことを約した。

4  相続

原告は訴外徳之助の母であり、前項の損害のうち、訴外徳之助の損害を相続した。

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、前記損害金合計二〇三八万三二七四円及び、これに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四六年五月一九日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の事実は不知。

(二)(1) 請求原因2の(一)の事実は認める。

(2) 同2の(二)の事実は否認する。

(三) 請求原因3の事実は否認する。

(四) 請求原因4の事実中相続関係は認める。

2  被告の主張

(一) 本件埋立地(北九州市門司区大字恒見一二六二番地地先海面であつたもの)は昭和三七年一〇月ごろ被告が公有水面埋立認可を得て、同四五年一月二〇日同工事の竣工認可を受け、その頃、右埋立地地先に引続き訴外北九州港管理組合(福岡県と北九州市の一部事務組合)が公有水面埋立の認可を受けて施工した埋立地であり、昭和四六年三月末頃、ほぼ基本施設の工事のみが概略完成していた状況であつた。従つて、本件事故発生当時は付近一帯は未だ広漠たる埋立後の泥濘地帯で、わずかに沿岸の物揚場、岸壁とこれら護岸地面のブロツク舗装、繋船柱及び同所付近に通ずる幅一一メートルの道路が新設されたばかりの頃で、それ以外の空地は泥土のままで、ところどころに特定許可された者の工事施工のための材料である砂、ブロツク、木材等の置場に一時使用されていた程度にすぎない。従つて、昼間は右使用許可された者が材料運搬に時折通るのみで、夜間に至つては人、車の往来は全くなく、付近隣接地も地形の整備中であつたもので、幹線道路から本件埋立地に一般人が立入り侵入することは予想し得ないことであつた。

(二) エプロン、荷捌地及びこれを囲む道路部分は、いわゆる埠頭地区と称して、専ら貨物積上げ降し、荷捌、集積を目的として築造された区域であつて、これらの目的を有する特定者のみの出入が予測されるところであつて、道路交通法二条一項一号にいう道路には該当しないものである。従つて道路法二条の道路付属物の設置義務も生じない。この地区内における燈火、螢光塗料による標示、車止め(高さ、幅各約一五センチメートル、長さ約一五〇センチメートル程度のブロツクを水際線の処々に距離を置いて設け、エプロン上で荷役するリフト等の滑り止めにするもの)等の施設は専ら船舶の接離岸の際の目印、荷役作業上の動作の安全確保を目的として施設されるもので、これ以外の施設はかえつて右目的の安全妨害となるものである。そして、これらをどの程度に、何を設置するかは一に管理者に於て必要度に応じて決定されるものであるが、本件事故発生時の状況は前記のとおりで、接岸船舶もほとんどなく、接岸、荷役等の安全防止施設の必要は殆んど認められなかつたものである。

さらに前記埠頭地区に通ずる道路を往来する人、車も前記のとおり皆無に等しく、まして一般人が侵入することなどは到底予測できなかつたもので、道路付属物の設置の必要性は全く無かつたものである。

(三) 仮に、埠頭地区内の通路部分が、道路交通法二条一項一号にいう道路に該るとし、さらに営造物の設置、保存の瑕疵の有無は、道路としての通常備えるべき安全性の欠缺の有無により決すべきとの論に立てば、この安全性の程度の判断については、次の点が総合考慮されるべきである。即ち、

(1) 周囲の地形、施設又は人家等の有無、近隣にも交通量の多い道路があるかどうか等を総合して、当該道路には何時どのような種類の人車の通行が予測されるか。

(2) それらの各場合の危険防止のためには、どの程度の如何なる種類の施設を講ずべきか。

(3) その通路を含む付近施設を構築した主要な目的は如何なるものか。

(4) その目的との調和に於て、それを損わない程度の施設とはどの程度のものか。

右の観点から前記通路の安全性を考慮するに、前記のとおり、本件埋立地付近は当時未だ広漠たる様相を呈し、一般の通行が予測され得る状況とは程遠く、さらに岸壁には海面と陸地を遮断すべき一切の施設をしてはならないこと等を総合すれば、当時の通路に通常備えるべき安全性を欠く程度の瑕疵があつたとは考えられない。

(四) 自動車の前照燈は夜間前方一〇〇メートルの距離にある交通上の障害物を確認できる照度を有することが必要である。訴外徳之助運転の車がこの要件を満たしていたとすると、物揚場岸壁(訴外徳之助が車とともに転落した所)より手前一〇〇メートルの地点に於て、前方に南北真横に横たわり、その前方との境界を画する岸壁線と、その手前のブロツク舗装エプロン(幅一〇メートル)、さらに繋留柱数個の存在は明瞭に看取し得られる。この地点で前方に直進出来ないことが容易に判断できた筈である。さらに四〇メートル進行して岸壁線手前六〇メートル付近に至ると、右岸壁線と、それより東方直線上約一七六メートルの対岸にある出光興産株式会社門司油槽所の新門司臨海工業地帯造成地岸壁との中間の真黒色海面一帯を、出光夜間事務所の窓からの螢光燈の明り、その直ぐ手前の水銀灯(二五〇キロワツト、高さ約五メートル)の明り、それより北方約一五〇メートルにある第一桟橋埠頭水銀灯(高さ五メートル)の明りが、夫々明瞭に海面を照射して、一目してその中間が海面であることが看取できる。この地点で訴外徳之助が急制動措置をとつておれば、仮に雨天時、時速六〇キロメートルで走行していたとしてもその制動距離は約五〇メートルで、充分水際手前で停車出来た筈である。この事実よりすれば、訴外徳之助は事故時に、時速約七〇キロメートル以上の無謀運転していたが、前方左右の注視義務を全く怠つていたかのいずれかであり、第三者たる被告に責を帰するのは筋違いである。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生とその状況について

成立に争いのない甲第一ないし第五号証、第八号証の一ないし三、証人林俊雄の証言及びこれにより成立の真正が認められる甲第一一号証並びに証人清原泉、同栗山昌哲の各証言を総合すれば以下の事実が認められる。

昭和四六年五月一八日午後五時ごろ、訴外栗山昌哲は模型飛行機を飛ばすために、北九州市門司区大字恒見(新門司二丁目)埋立地に自己の自動車で出掛け、午後五時三〇分過ぎに同所に到着した。今にも降りそうな空模様であつたところ、飛行機を一旋回させているうちに雨が降りはじめたので、急いで帰ろうとしたところ、埋立地のぬかるみに自動車の前輪を落し込み、動けなくなつた。同人はハムの免許を有し、右車に無線機を装備していたので、早速これを用いてハム仲間に救助方を依頼した。

訴外徳之助もハムの免許を有し、たまたま右栗山かもしくは同人からの連絡でその仲間が発した電波を傍受して、埋立地で栗山が身動きがとれずに困つていることを知り、これを救うため午後七時過ぎ自宅を自己の軽自動車で出発した。その後午後八時五分ごろ本件埋立地入口三叉路にあるガソリンスタンドで、同じくハム仲間の一人で栗山を捜していた内川某と出会つて言葉を交わし、別れて後徳之助は消息を断つた。

翌一九日朝になつても徳之助が帰宅しないことから、母である原告は心配して栗山宅を尋ねたところ、徳之助の行方が不明であることが表面化し、遭難が心配されるに至つた。その後、ハム仲間を中心に捜索活動がなされ、同日午後九時ごろ本件埋立地の物揚場岸壁から海中に転落しているらしいことが気付かれ、その後の捜索で午後一一時三〇分ごろ、海中において遺体となつて発見されるに至つた。

右認定の徳之助が訴外内川某と別れた時刻、場所及び徳之助が発見された現場との距離等からして、徳之助は右内川と別れて間もなく午後八時一〇分ごろに右現場に転落したものと推認される。

なお、前記各証拠によれば、事故当日は終日雨雲がたれこめ、午後六時ごろから雨が降り初め、もやも発生して、午後八時ごろ本件事故現場付近はかなり見通しが悪かつたものと推認される。

二  本件埋立地の事故当時の状況について

いずれも成立に争いのない乙第一ないし第三号証、同第六ないし第一〇号証並びに証人河村薫、同上久保昭吾の各証言及び検証の結果を総合すれば、本件埋立地のうち後記のエプロンの部分を除く部分は昭和四四年一〇月二五日に竣工し、この中の通路部分の舗装工事は昭和四六年二月一五日竣工し、さらにエプロンの部分は同年三月三〇日竣工し、この埋立地はいずれも北九州市門司区新門司二丁目に編入されたが、事故当時は未だ港としては機能しておらず、荷捌地には砂が積まれ、港湾施設建設工事の途中であつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

さらに前記甲第四号証、証人栗山昌哲、同河村薫の各証言によれば、本件事故発生当時、本件埋立地には港湾施設工事等に関係のない一般の人々が釣りやドライブのためにかなり出入をしていた事実が認められ、これに反する証人上久保昭吾の証言は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

三  被告の責任について

1  昭和四六年五月一八日当時の本件埋立地の管理者は訴外北九州港湾管理組合であつたが、その後昭和四九年四月一日、この管理権が同組合から被告に対し移管され、これと同時にその権利義務も承継されたことは当事者間に争いがない。

2  成立に争いがない乙第五号証、証人河村薫、同上川内二郎、同濱中光幸の各証言、検証の結果によれば、本件埋立地の入口付近には立入禁止、立入制限の掲示等何ら設置されず、その他夜光塗料による標示等も何も施されておらず、また、現場附近の夜間の照明は、対岸にある出光興産のものだけがあつたにすぎないため、一般人はどこまでが一般道路で、どこからが臨港道路であるのか皆目わからない状況であり、さらに岸壁近くにおいても通路前方が海である旨の危険標示などが何ら施されていなかつたため、夜間特に雨天時等の視界不良の状態が重なつた時には、土地不案内の自動車運転者にとつて岸壁とこれに接する海面との境を識別することが困難ではないとはいえない状況にあつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は車の転落を防止するためガードレール等の防護柵を設置すべきであると主張するが、前記証人河村薫、同上久保昭吾の各証言中にもある通り、徳之助が転落した物揚場岸壁に右ガードレール等の防護柵を設けることは、貨物船から貨物の上げ降し等をする荷役作業等を目的として築造された埠頭地区本来の機能を保持するためには無理であるというべきである。

然し乍ら、前記認定事実よりすれば、本件埋立地には前記のとおり一般の人車の通行がかなりあつたもので、一般の道路から容易に侵入できる状態にあり、これらの侵入車が本件埋立地内の舗装道路を前進すれば、訴外徳之助と同様に岸壁から海中に転落する危険性が客観的に存在することは否定し難く、本件埋立地の管理者としては、右危険を避けるため、埋立地入口付近に一般の人車の立入を制限する札を掲げるとか、あるいは岸壁の手前の適当な個所に前方海の標示の札を掲げるなどの措置を少くとも採るべきであつたものと考えられ、かような措置を何らとらなかつた訴外北九州港管理組合には、本件埋立地の管理上の瑕疵があつたものといわざるを得ず、右管理上の瑕疵を訴外徳之助の死とは因果関係があると判断する。

四  財産上の損害について

前記甲第五号証及び証人林俊雄の証言によれば、訴外徳之助は昭和一六年六月二八日生れで、本件事故遭遇時は満二九歳であつたこと及び当時は独身でその母である原告と二人暮らしであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

さらに、成立に争いのない甲第七号証及び証人清原泉の証言によれば、訴外徳之助は本件事故で死亡するまで八幡公共職業安定所の職員として勤務し、同人の昭和四六年二月から四月まで三ケ月間の平均月額収入は金五万八一六一円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実を基に訴外徳之助及び原告の損害額を考えると、まず葬儀費用については金三〇万円をもつて相当な金額というべきである。

次に逸失利益については、前記のとおり訴外徳之助は死亡時満二九歳で、生存しておればなお三四年間就労できたものと考えるのが相当であり、生活費控除については、徳之助は独身ではあつたが母親である原告と二人暮らしであつたことなどを考慮して、生活に必要な経費として四割を控除することとし、ライプニツツ式計算により中間利息を控除して本件事故による徳之助の逸失利益の事故当時における現価を計算した結果は、次のとおり金六七八万〇九二五円となる。

58,161平均月収×(1-0.4)生活費控除×12×16.1929ライプニツツ係数≒6,780,925

以上損害の合計額は金七〇八万〇九二五円である。

五  過失相殺について

前記甲第八号証の一ないし三、同第一一号証、乙第一、第二号証、証人栗山昌哲、同河村薫の各証言、検証の結果によれば、前記のとおり、訴外徳之助は埋立地で立往生していた訴外栗山昌哲を救うために本件埋立地に赴いたもので、徳之助が進行していた土地が埋立地であつて、海が近いことは充分知つていた筈であると考えられ、さらに本件埋立地が建設途上にあり諸施設が未整備であることは徳之助を含むその土地の人々は大方が知つていたことであると推認されるところ、本件事故当日の午後八時ころは前記のとおり雨が降り、もやも発生し、前方の見通しが非常に悪い状況であつたものと推認されるから、訴外徳之助としては、このような海の近い近辺が未整備の港湾道路を走る際には前方に充分注意し、前方が見え難いのであれば、徐行をして安全を確認しながら進行すべきであつて、徳之助が岸壁から海中に転落したことについては右注意義務を欠いた同人の過失も大きく寄与したものというべく、本件事故による同人及び原告の損害額のうち、被告が賠償すべき損害額は、徳之助の右過失を斟酌して、前記損害合計金七〇八万〇九二五円の一割に相当する金七〇万八〇九二円をもつて相当と認める。

六  慰藉料について

前記の、本件事故遭遇時の訴外徳之助の年齢、社会的地位、収入、本件事故発生の態様、就中前記の過失相殺の内容その他諸般の事情を考慮すると、訴外徳之助が本件事故により死亡したことによつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金四〇万円をもつて相当と認める。

七  相続

原告が、訴外徳之助の母であつて、徳之助の唯一人の相続人であることは当事者間に争いがないから、原告は、訴外徳之助の被告に対する前記の損害賠償請求権を相続したというべきである。

八  弁護士費用について

弁論の全趣旨によれば、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任するにあたり、その報酬として認容額の一割五分の金員を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟追行の経過及び難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係の範囲内にある弁護士費用としては、金一五万円が相当である。

九  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し損害金合計金一二五万八〇九二円及び、これに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四六年五月一九日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森永龍彦 寒竹剛 谷敏行)

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